霊台橋(れいだいきょう)



概要
江戸時代の石造単一アーチ橋としては日本最大級。緑川本流に架橋。
矢部にいたる難所「船津峡」は、交通の要衝で江戸中期より木橋が架けられたが、いずれも流失したため、砥用手永惣庄屋・篠原善兵衛が石橋架橋を計画し、峙原村(美里町涌井)の伴七(茂見伴右衛門)らが補佐した。種山手永の宇助を棟梁とし総勢72人の石工が各地より集められ、工事は弘化3(1846)年より弘化4(1847)年にかけておこなわれた。明治時代以降も、昭和41(1966)年、上流に鉄橋が架かり道路橋としての役割を終えた。路面長89.86メートル、幅5.45メートル、高さ16.30メートル。昭和49年11月19日、国指定文化財に登録された。

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更新日:2025年12月17日