正木暁子さん
棚田の里・美里町白石野地区へ。田園は、多彩な色がお行儀よく並んだ巨大なパッチワーク。夏は青々と秋には黄金色のグラデーションで彩られる。里山の風景は四季折々に趣深い。Iターンで美里町へ移住し、農業を営む正木暁子さんを訪ねた。
古い佇まいの家には、日当たりのよい縁側があり、猫たちがのんびりと日なたぼっこ中。玄関からひょいと顔を出した正木さんは「畑、見てみますか?」とさっそく軽トラックに乗り込んだ。あぜ道のように細い道を豪快に車を走らせて目指す畑に到着。白石野地区を一望する高台に広々とした野菜畑があった。
台風で倒れてしまったナスを立て直し、育てている最中なのだと正木さんは苦笑い。手にしたナスは、ぎゅっと身の締まり、紫色に輝くよう。「農業って生き物だから、本当に難しいなあって思います。」
熊本市で生まれ育ち、大学から県外へ出たという正木さん。神戸に住み、障がい者福祉の仕事に携わっていたという。「いつか静かな環境で暮らしたいという気持ちがあって、一度岡山に移住したんですよ。」
大学時代を岡山で過ごしたこともあり、移住先に選んだものの
思うように生活もできず、8か月で熊本へ。実家を拠点に腰を据えて、もう一度移住の準備をスタートした。
「移住先はどこでもよかったんです」という正木さん。阿蘇や天草をはじめ、県内を自分の足で見て回る日々の中で、心が動いたのは美里町の風景だった。「山都町方面へ走っていたときに、砥用界隈で棚田の風景を見たんですよ。何もない里山が好きなんです。移住者が多い地域はまるで観光地のような印象で、落ち着かない。何もないことが最大の魅力でした」と正木さんは移住を決意した当時を振り返る。
そんな時に、たまたま紹介してもらった家が今の住まい。まるで誰かに導かれるような不思議なご縁を手に、新たな生活がスタートした。
有機農業に興味があり、ちいさな菜園を作りながら、アルバイトでもして生計を立てようと思い、「熊本県有機農業研究会」で研修を受けた正木さん。一年間、山都町の農家に通い、有機農業のノウハウを学んだ。「一番最初に取り組んだのはナス。有機農業は雑草との闘い。ほら、この辺は、イノシシの被害も多いんですよ」と、天敵イノシシが大暴れして掘り返した畑を指し、破顔一笑。今ではおよそ30aの面積で、多彩な野菜を育てている。移住から4年が過ぎ、美里町の若き農業の担い手として成長していく姿が頼もしく映る。
現在は、熊本市内各地の直売所やスーパーマーケットなどに出荷。食の安全に興味を持つ若い世代の支持を集めている。「農家から消費者へ、直接販売できるようなシステムを作りたいですね。少量多品目を詰め合わせた野菜セットなどで、旬のおいしさを届けることが目標です。」
移住した翌日には、集落の人はみんな自分のこと知っていて驚いたと笑う正木さん。「一人で農業をやっているようで、決して一人じゃない。いつも誰かに助けてもらっています。移住するときに大切なのは、集落の一員になろうとする気持ち。長年暮らしている先輩たちの考え方やルールを守り、敬意を持って接することですね。」
大家さんは90歳を超えてバリバリの現役、農業の大先輩。隣保組のお付き合いを通して地域に根付き、正木さんの挑戦は続いていく。多くの優しい笑顔が正木さんを見守っている。
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